アンティークジュエリー物語n.20
揺れる香水
香りのジュエリー II
コラム n.19 香りのジュエリー I ー 空想の香り ー より続いて
古代ギリシャ、ローマ時代の人々は、練香や香油で、香りを日常に楽むようになりました。
といいましても香りを使えたのは、特権階級の人々だけでした。
当時は大変高価だったガラスのポットへ香油を入れ、肌に塗り、パヒュームランプで部屋に香りをくゆらせました。
今でも、当時の香油瓶を、パリのルーブル美術館やフラゴナール香水博物館で見ることができます。
吹きガラスで作られたポットは、数千年を経て遺跡から発掘されたものばかり、長い間土の中にあったことから、表面変化がありますが、美しい色や質感は、古代の息吹をいまだ伝えています。
ところで、紀元前4世紀頃の香りの伝説に、アレキサンダー大王についての逸話があります。
大王は、ヨーロッパから地中海沿岸一帯、果てはインドまで制覇に出かけ、後々ヨーロッパの伝説となった人物ですが、遠征先となったオリエントの国々で、幾千もの香りに魅了されます。
どの香りも、いままで体験したことのない優雅な香りでした。
それは、白檀、シナモン、ナツメグ、甘松・・・と、シルクロードならぬ「 香料の道 」を経て、インドや中国、マダガスカルからやってきた香りでした。
香料の中にはいわゆる香辛料もあり、今では料理に使う印象が強いのですが、当時は医学に、そして身につける香りに使われていたのです。
アレキサンダー大王の鼻をくすぐった香り、彼はそのときの新鮮な驚きをどうしても忘れられず、キャラバン隊に多くの香料を積み込み、ギリシャへ持ち帰りました。
その中には稀少な動物性のものもありました。
龍涎香 をはじめ、ジャコウ鹿などから取る 麝香 などです。
麝香はいわゆるムスク、龍涎香はマッコウクジラの腸内結石で、灰色の大理石のようなものです。
クジラの排泄により海岸へ流れ着くものでしたから、大変珍しいものでした。
それら動物性の香料は、高度な文明を持っていた古代エジプトでさえも知らなかった香りでした。
アレキサンダー大王がギリシャへ持ち帰った新しい香りは、科学的な研究の対象になり、同時にそれまでの植物香料についても、より深く研究されるようになりました。
動物性香料に加え、花のエッセンスは、百合、ヘンナやサフラン、マルメロに檸檬、葡萄の花から取られたものでした。
その後の古代ローマは香料で満たされた時代となりました。
強靭な皇帝シーザーでさえも、クレオパトラの香りの魅力に参ってしまったという逸話があるくらい、香りの魅力はローマを包み込みました。
美を愛した代々のローマ皇帝達、黄金の館では、当時最も高価な香料を使った薫香をくゆらせ、象牙彫りの天井に、床にバラの花びらを敷き詰めた夜会が開かれました。
バラとミルラの香りのするワインに、酒杯は香木を彫ったもの、香油に浸したアスパラガスの料理に、宮殿にはバラ水がふんだんに注がれ、香りの都ローマと化していました。
当時のローマは、外国の大使達から「 香りの病 」の都市とまで言われたものです。
古代のギリシャ、ローマにはオリエントの国々から様々な香りの文化が伝わり、ヨーロッパの香水の土台となりました。
続いて次のコラムn.21では、ローマから北へ、フランスでの香水の始まりと、ヨーロッパの香り をご紹介してゆきます。