アンティークジュエリー物語n.38
ルネサンスの申し子
コメディ・デラルテ
“ アルルカン ” をご存知ですか?
英語でハーレクイン、本家イタリアでは、アルレッキーノと呼ばれる道化師です。
こんな風に、ぴったりと体に添った菱形模様の衣装に、帽子や黒い仮面を着けた「コメディ・デラルテ」の登場人物の一人です。
コメディ・デラルテとは、16世紀にイタリアで始まった、筋書きは違えど登場人物はほぼ同じ、悲喜こもごもを、皮肉と笑いをたっぷり交えた風刺劇のことです。
コメディ・デラルテは旅回りの一座が庶民のお祭りで野外劇をするのはもちろん、王侯貴族達の催し事へも呼ばれました。
お屋敷では、名を挙げる時はここぞとばかりに華やかな衣装を着け、演技を誇張し沢山の笑いと楽しさを振りまいたそうです。
コメディ・デラルテの登場人物は、貴婦人、農民、金持ち商人、道化、博士、魔女、恋する若者、欲深男に噂好き夫人・・・など、はっきりと衣装や性格、持ち分が決まっているのが特徴です。
コメディ・デラルテの登場人物の挿絵 16世紀 イタリア
イタリアだけでなく、フランスやイギリスでも上演され、シェイクスピアやモリーエルといった偉大な劇作家も、大きな影響を受けています。
中でも目を惹く “ アルルカン ” はちょっと意地悪で皮肉屋、しかしとても頭が良く、人情もある登場人物として異彩を放ち、16世紀以降のヨーロッパでは、演劇界のシンボル的な存在になりました。
ルネサンス風のぴったりとしたタイツに軽い身を包み、いたずらっ子のような目を光らせて、悪人はバトンで打ちすえ、善人には思いがけない贈り物を与え、道化になったりペテン師になったり、百の顔と性格を持つと言われる不思議な存在で、見ると微笑まずにはいられないキャラクターです。ヨーロッパの人々に愛されるアルルカンは、絵画や彫刻へ表され、ジュエリーやオブジェのモティーフとしても登場しています。
例えばこのブローチのアルルカンは、豪華なダイヤモンドの衿とギヨシェ・エマイユの装いに、ムーンストーンへのカメオ彫刻のお顔です。
アルルカン・ブローチ 19世紀 フランス
フランスのナポレオン3世時代に、高い宝飾技術を駆使して作られたジュエリーで、当時の王侯貴族の貴婦人の襟元を飾っていました。
また、上の画像のダンサーは、1911年にヴァーツラフ・ニジンスキーが演じたアルルカン、ニジンスキーは20世紀始めのバレ・リュッス(ロシアバレエ)の寵児で、人間離れした脚力で知られるバレエダンサーです。
コメディ・デラルテに登場する道化には他に ” ピエロ ” がいますが、これは白いだぼだぼの服を着た道化師で、こちらはもっぱらおどけ役、妙を得たような頭の良さはありません。
絵の世界では画家ピカソがアルルカンを好んでモティーフにしていました。
青の時代のアルルカン、小さな息子のパウロへ菱形模様の衣装を着せた肖像画、薔薇色の時代のアルルカンの親子など、沢山のアルルカンを描いています。
17世紀のアルルカンとピエロは、軽業師のような身のこなしにシンボリックな衣装、どこか哀しみをたたえた姿です。
クラヴァット・ピン 19世紀 個人蔵
16世紀のはじめのイタリアで、旅回りの一座から始まったコメディ・デラルテは、教会が演劇を抑圧する18世紀末まで、300年の時間をかけて洗練され、後世のオペラや劇、シナリオに大きな影響を与えました。
アルルカンは、中世からルネサンスへ時代が開花した時に表れ、あらゆる芸術家のインスピレーションの対象になった、ルネサンスの申し子と言える存在です。