アンティークジュエリー物語n.62
ヴェネツィアのスペイン人
マリアノ・フォルチュニ
今回のコラムn.62では、マルチアーティスト、万能の芸術家と呼ばれたフォルチュニをご紹介致します。
さて、どんな風に万能なのでしょうか?
少し長めのコラムですが、画像やビデオでアンティークジュエリーとフォルチュニの世界をお楽しみ下さい。
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マリアノ・フォルチュニは、19世紀末に画家としてスタートし、写真、舞台美術、機械の発明、テキスタイルの創作をし、古代ギリシャにインスピレーションを受けたファッションデザイナーとして20世紀初めに活躍しました。
今も先駆的で天才と言われる由縁はマルチアーティストであったことで、それは幼くして父を失い、スペイン王室に近い芸術一家出身の母とともにローマ、パリ、マドリッドとインターナショナルに育ち、オリエントとヨーロッパの中間地点〝ヴェネツィア〟を生涯の拠点としたことにありました。
フォルチュニが生まれたのは1871年スペインのグラナダ、父は画家で母方の祖父はプラド美術館館長で、裕福だった父母は、古今東西の美術品蒐集をするというアーティスティックな環境に生まれています。
残念ながら父は3歳の時に亡くなりましたが、母セシリアと兄弟でパリのシャンゼリゼ通りへ移住し、マドリッド、パリと移り住みながらヨーロッパを旅し、父と同じ画家の道を目指します。25歳で絵画展金賞で才能は花開き、27歳の時にはヴェネツィアのパラッツオを1練買い、舞台美術や肖像画の工房にしたことからキャリアが始まりました。
ヨーロッパ中での仕事では「トリスタンとイゾルデ」「ミカド」など古典や東洋のデコレーションを得意としました。
背景や衣装用に布地のデザインと創作を始め、このことがファッションデザイナーとしての始まりとなったのです。
私生活では生涯の伴侶「アンリエッタ」と出会い、彼女のアイデアから古代ギリシャをインスピレーションにした最初のローヴ「デルフォス」が生まれます。
ローヴ「デルフォス」は当時発掘された古代ギリシャのブロンズ像「デルフォイの御者」にインスピレーションを得たもので、大変細かいプリーツ加工の絹布を使ったロングドレスです。
工房では布地の製作、ドレスのオーダー、絵画や舞台美術に加え、写真家として、機械工学者として、舞台装置の発明とマルチアーティストぶりを発揮します。
シルクベルベットのプリントや、絹プリーツのローヴは、日本の着物やヴィザンティン美術に影響を受けたヴェネツィアの香りが漂い、古代ギリシャ彫刻のようなロングドレス、マント、ケープといった羽織るスタイルでした。
彼のローヴは、コルセットで締め上げ重く硬い19世紀のドレスからの解放のシンボルでもありました。
また、目指す方向が同じだったのでしょうか、当時同じく女性服のパイオニア的なデザイナー「ポール・ポワレ」とも仲良くしていたそうです。
彼のローヴはパリ、ロンドン、ニューロークの社交界の貴婦人や、有名な女優やオペラ歌手の垂涎の的となり、フォルチュニ宛にある貴族の女性から、こんな手紙が残っています。
「ああ、ついに私の注文していたローヴが届きました!なんと長く待ったことか、待ちすぎて死ぬかと思いましたよ。色、素材感全てにハーモニーがあってシンプルで、なんて素晴らしいローヴなのでしょう。青と金の色合いで、なんという柔らかさ!究極の喜びがこのローヴにありますね!あなたのような素晴らしい芸術家を前にして興奮を抑えきれず、失礼をお許し下さいね、では、次は靴とターバンを注文して良いかしら?あまりにも遠い未来にならないよう受け取れたら良いけれど…でも希望は失いませんよ、私は待ちますから。」 エロイザ・P・ド・ラルティーグ 1910年
そういえば、日本でも人気になったテレビドラマ、『ダウントン・アビー 華麗なる英国貴族の館』では、主人公のクローリー家長女メアリーや、親戚のローズがフォルチュニの衣装を着ているシーンがありました。メアリーは〝デルフォス〟を、ローズは上のような絹ヴェルヴェットの青いコートでした。
ドラマでは1910~20年代のアンティークジュエリーを合わせていましたが、現代服の祖とも言われるシンプルなフォルチュニのローヴは、古代にインスピレーションを受けた金細工やモザイクを使ったアンティークジュエリーも似合うようです。
例えばフォルチュニが描いたアンリエッタの肖像では、
古代遺跡から発掘した黄金のジュエリーにインスピレーションを受けた〝 アンティック・リヴァイヴァル 〟のジュエリーを合わせていますし、グラニュレーション(粒金)やフィリグリー(線)といった細かな金細工の19世紀のパリュールや、
女優マレーネ・デードリッヒのロングネックレスも素敵です。
ローマンモザイクのペンダントを太めのチェーンでも素敵ですし、(このアンティークジュエリーはダブルフェイスです。)
艶やかな真珠のネックレスや、デコルテを開いて長めで少し大きめのペンダントをつけるのも素敵ですね。
ダウントン・アビーの装いのようなプラチナのアンティークジュエリーも、アンリエッタの古代風ジュエリーも、シンプルゆえに色々なジュエリーが映えるのがフォルチュニ・スタイルのようです。
続いて文学にも登場したフォルチュニ、フランスの作家プルースト(1872~1922)は、「失われた時を求めて」へフォルチュニのローヴについて、何度も書いています。そのうちの主人公スワンが恋人アルベルチィーヌを回想するシーンでは、
「最終的にフォルチュニのローヴは、青と金の色で裏地は薔薇色に決めたのだった…
今宵、フォルチュニのローヴを着たアルベルチィーヌは、まるでこの秘密めいたヴェネツィアの影の誘惑者のようだ。ヴェネツィアのようにオリエンタルの装飾に満ちている…
アンブロジアーナ図書館にある装飾本のよう、死と生の転生を象徴する東洋の鳥たちを飾った柱のよう、布はヴェネツィアの深い青の運河を通るゴンドラのように揺れながら、艶めき金色が輝いている。袖の裏地は桜んぼのような紅で、それはヴェネツィア人の間では「ティエポロの薔薇色」と呼んでいる特別な色なのである。」
* アンブロジアーナ図書館 〜 ミラノ 17世紀創設
* ティエポロ 〜18世紀を代表する美しい色彩のヴェネツィアの画家
と書いています。
1949年にフォルチュニは逝去します。
工房は伴侶アンリエッタが続けますが、彼女亡き後は、絹のプリーツ加工や、日本の「カタガミ」技法を取り入れたと言われるプリントのテクニックは失われ、今でも正確なところはわかっていません。そのため幻の布地として、ニューヨーク社交界のティナ・チャウ、芸術財団のペギー・グッケンハイムなどの著名人がコレクションをし始めました。
「ヴェネツィアの魔術師」「布の画家」と呼ばれたフォルチュニ、ローヴは亡くなるまで40年以上、形を変えることなく作り続けられました。今も人々を魅了するフォルチュニ、彼の作ったものは永遠のローヴだったのですね。現在、作品はパリのガリエラモード美術館、ヴィクトリア&アルバート美術館、グッケンハイム美術館などに保存されています。
また、フォルチュニはパリの「メゾン・ババーニ」とコラボレーションをしていました。
「ババーニ」は1894年創立で、なんと19世紀の日本と直接に関わりがあった香水と装飾品のメゾンです。
フォルチュニとは布地や刺繍、ボタンの取引があり、東洋的な美しさへの好みが合う親しい友人でもありました。美しい香水瓶や小物が素敵なババーニを、いずれこのコラムでもご紹介を差し上げてまいります。
* 掲載のアンティークジュエリーは全て販売品です。詳細はお問い合わせ下さい。
2019年10月6日(日)まで東京の三菱一号館美術館にて「 マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展 」が開催中です。 また、2018年のパリ市立ガリエラモード美術館では所蔵のフォルチュニ展があり、その様子をご覧いただけます。(3分44秒 仏語・音が出ます♪)